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《鍋物とは何だろうU》I鍋物は「汁」に始まる
2010/03/16 (Tue)
《鍋物とは何だろうU》I鍋物は「汁」に始まる
飯につき物の「汁」
現代に通じる鍋物は江戸時代に生まれ育ったと言えよう。しかし現代の鍋物のような形で世に登場し、広く認知されていたわけではない。いつの間にか、という感じで世の中に存在していたのである。種を明かせば何のことはない。誰もが知っている「汁」が鍋物の前身になったのである。
汁は万人周知の食べ物(汁物)と言えるが、その歴史はばかにしたものではない。奈良時代は「羹」(あつもの)と呼ばれ、暖めた汁料理を意味した。平安時代は「熱汁」「温汁」(あつじる)、「冷汁」(ひやしる)、「汁膾」(しるなます)などに分岐していった。このうちの汁膾は魚の小さな切り身を入れた汁のことだ。温かい汁に魚、となると鍋物と思わざるを得ないが、他の料理と同様に椀に入れて食膳に出されたものだろう。
これらの汁を総称した呼び名が「汁物」である。「枕草子」には「まずもてくるや遅きと汁物とりて皆のみて」などとある。この記述から推測できるように、正式な宴会だけでなく、宮廷内の一般的な生活の中で、ごく普通に食されていたと思われる。
汁物の調味料にはほとんど味噌を用いていたが、味噌汁の上澄みを用いた「すまし汁」や塩味の「潮汁」(うしおじる)もあった。室町時代には、日本料理の正式な膳立てと言われる「本膳料理」が登場するが、これは一の膳(本膳)、二の膳、三の膳から成り、それぞれの膳に「一の汁」(味噌汁)、「二の汁」(すまし汁)、「三の汁」(潮汁)がつけられていた。
江戸時代になると醤油が味噌と並んで重要な調味料となるが、庶民生活の中の汁物は依然として味噌汁が主流であった。具には野菜のほか魚、鶏肉なども含まれており、鍋物らしい様相を備えていく。しかし現代の味噌汁と同様、主食の飯に添えられたもので、人々はこれを独立した料理とはみなしていなかっただろう。
酒に欠かせない吸い物
「吸い物」というご存じの汁料理もあった。これも平安時代の宮廷料理から生まれたもので、酒の肴として添えられるものであった。特に戦国時代、室町時代では酒を飲むタイミングが今と逆で、食事を終えたのちに、ゆっくりと酒宴を開いたのである。その時に出されるのが吸い物であった。
汁はご飯を食べる際に飲むのだから、濃い目に作られていた。これに対し、吸い物は酒に合うように薄味になる。江戸中期の料理書「料理伝」には、「吸い物出ざれば酒をすすめず」とある。淡白味のスープとともに酒を飲むというのは、けっこう上品そうで、試して見たいという思いもあるが、これも宮廷料理の流れである。酒と吸い物という組み合わせが世間一般で行われていたとは思われない。
酒宴における吸い物はやがて姿を消していく。宮廷の流儀が武士や一般の生活に合わなくなったからだろう。その後、吸い物は汁物の一種とみなされるようになり、醤油や塩味の「お吸い物」、あるいは「すまし汁」(お澄まし)、「おつゆ」として、現代の食卓にまで受け継がれていく。
一方、汁は次第に多岐に別れ、具の豊富な汁物がそれぞれに存在感を増しながら、現代的な鍋物への道を進んでいったようだ。江戸時代、あるいはその前後に生まれたと考えられる汁物の中には、実質的に鍋物と同じ、と言える料理が少なからずあったはずである。
個々の情報量は少ない
汁物とひと言で言うが、その実態は多様多岐にわたっている。味噌汁を考えてみれば明らかだろう。魚、肉、野菜、世の中のほとんどの食品は、味噌汁の具になり得るのだ。穀物から作る麺類や、ものによっては果物さえも味噌汁に入れることができる。地域によって家庭によって、独自の具沢山汁が作られたのだろう。この鍋を卓上に置き、自分勝手に好きなように食べれば、すなわち現代の鍋物となるではないか。
日本中あらゆるところに地方色を生かした汁が存在している。古代、中世に生まれ、現代にも昔の形を保ったまま食されている汁も少なくない。われわれ全日本鍋物研究会の会員が、「これは鍋物だ」「鍋物に近い」と認識しているものには、「汁」と名づけられているものが実にたくさんあるのだ。「平成鍋物大全」(全日本鍋物研究会編)の項目から、汁→鍋へ、という変遷が見えるものを、適宜拾ってみよう。
集汁(あつめじる) ダイコン、ゴボウ、サトイモ、豆腐、煎り海鼠(なまこ)、アワビ、干しフグなどを入れた汁物。室町時代以前からあった用語で、江戸時代には五月五日にこれを食べる風習があった。骨董汁(あつめじる)とも書く。寄せ鍋の前身と言えるかもしれない。
潮汁(うしおじる) 新鮮な魚介類を塩味だけで仕立てる汁物。タイ、コチ、スズキ、ハモなどの白身魚が材料となる。魚を骨付きのままぶつ切りにし、熱湯で湯がき、ミツバ、ミョウガ、ウドなどとともに椀に入れ、煮出し汁を注ぐのが伝統的な食べ方。だし汁に濁りを出さないのが原則。魚、野菜を鍋に入れ、いっしょに煮る鍋物式の潮汁もある。(現代の海鮮鍋の前身か)
おろし汁 汁料理の一種。鶏肉、白身魚、貝類、野菜などを比較的薄味のだし汁で煮込み、まず具だけ取り出して皿に盛る。残りの汁に大根おろし(絞り汁だけという例もある)を入れ、一煮立ちしたら、おろししょうがや刻みネギを散らし、取り皿にたっぷりとかける。これを鍋物にしたのがみぞれ鍋、雪鍋と言えるだろう。
ついでに「平成鍋物大全」の「あ行」にある汁物を並べてみる。
青腸汁(青褐汁=あおがちじる)、青汁(あおしる・青野菜ジュースとは別物)、アジのぼったり汁、鮟鱇のドブ汁、伊予さつま汁、うちこみ汁、打ち豆の味噌汁、卯の花汁、蝦夷汁、大敷汁(おおしきじる)、お講汁、御事汁(おことじる)。
「あ行」だけでこんなにあるのだ。このほかにどんな汁があるのか、どのように作られるのか。ご興味のある方は、「平成鍋物大全」か当鍋物研究会ホームページの「鍋物事典」でお調べ頂きたい。
ただし、これらの汁に関する情報は決して多くない。ほとんどが各地域、各家庭で、いつの間にか、作られ、食べられていた物だから、文字に書き留めておく必要がなかったのだろう。しかし中には例外もあった。その代表と言うべきものが「ふくと汁」、すなわち河豚汁である。次回は「ふぐ鍋」「ふぐちり」の先祖にあたる「ふくと汁」をテーマとする。
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