鍋物は俳句の題材に最もふさわしいものの一つ、ときめ込んで、明治前半から昭和初期にかけての俳句を調べてみた。
結果は案に相違した。調べた句数は千を超えていたが、鍋物を詠んだ句は案外少なく、「鍋物」という言葉には一度も出会わなかった。これは何を意味するのか。以下は独断と偏見よる「俳句鍋物考」である。
まず、明治から昭和の初期にかけての俳句の中から、鍋物を詠んだもの(と思われるものも含む)を紹介する。
河豚汁や門にたたずむ最明寺 内藤鳴雪
雪下ろし終へよ狸が煮えたるに 石井露月
めらめらと燃える火急や河豚(ふぐと)汁 同
仏法をそしって河豚と生まれけむ 同
牡蠣汁の頃は浪花も寒さかな 松瀬青々
山茶花の花の田舎や納豆汁 河東碧梧桐
大鍋に煮崩れ甘きかぶらかな 同
この家に木仏立たすや納豆汁 同
鮫汁に昆布なめらかな凝(こご)りやう 同
鱈汁を祝う鍬鍛冶祭りかな 同
闇汁の杓子を逃げしものや何 高浜虚子
又例の寄せ鍋にてもいたずべし 同
狸汁座中の一人ふと消えぬ 佐藤紅緑
夕顔汁やがてみなより先に寝る 広江八重桜
藁しべでよべの河豚鍋かくし置く 同
河豚の鍋見る見る海となりにけり 安西桜鬼子
しぐるるや燃えぎれとりて鍋のぞく 高田蝶衣
ふぐと汁さらばと成って何をか言ふ 同
河豚汁死んだ夢みる夜もあり 夏目漱石