梅安は、鍋へ、うす味の出汁を張って焜炉にかけ、これを膳の傍に運んだ。
大皿へ、大根を千六本に刻んだものが山盛りになってい、浅蜊のみき身もたっぷりと用意してある。
出汁が煮え立った鍋の中へ、梅安は手づかみで大根を入れ、浅蜊を入れた。千切りの大根は、すぐ煮える。煮えるそばから、これを小鉢に取り、粉山椒をふりかけ、出汁と共にふうふういいながら食べるのである。
「梅安最合傘」には次のような別の場面もある。
梅安が湯殿から出てくると、早くも彦次郎は、火鉢に小鍋をかけ、塩・酒・醤油で薄味にととのえた出汁を張り、浅蜊の剥身と豆腐、それに葱の五分切りを杉の木箱に盛り、酒の燗に取りかかっていた。
さあっと、雨の音。
「少し冷えてきたね、梅安さん」。
※池波フアンにはおなじみの場面。浅蜊の鍋物は梅安の好みだ。江戸時代には「小鍋だて」と呼ばれる鍋物がある。小鍋に出汁を入れて、煮ながら食べる庶民的料理だという。
かつて池波氏にインタビューした時、氏は「作品に登場する料理は実際に作っている。自分で食べてみて、いける、と思ったものでなければ--」と語っていた。