囲炉裏を囲み、家族みんなで同じ鍋の料理を食べる。いかにも日本の食事の原風景と思いがちだが、鍋で煮ながら、会食者が同じ鍋の料理を共に食べるという鍋物料理のライフスタイルが一般化したのは、決して古いことではない。
身分制度がはっきりしていた社会では、夫と妻、親と子の間でさえ食事の場所、メニューが別々であった。われわれがイメージする、家族や友人が同じ鍋を囲み、和気あいあいと同じ料理を食べるという鍋物料理が普及したのは、身分社会が緩み、食事を共にする対等な人間関係が家族や社会の構成員の間で出来上がってからである。
古くから食べ物を煮炊きする調理具として鍋が使われてきた。だからと言って、鍋物料理も鍋の歴史とともに古いとは言えない。われわれが考える鍋物料理とは文化であり、調理方法、材料、調理器具だけでなく、食事の作法、会食者の社会的関係、意識構造まで含めた社会的、歴史的な概念である。鍋で調理した料理がすべて鍋物料理でないことは、カレーライスやシチューが鍋物でないことからも明らかであろう。
とは言え、調理具の鍋が存在しなければ、鍋物料理も存在しえない。鍋そのものは鍋物料理が成立する必要条件であることは間違いない。
「なべ」の語源は「菜(な)を煮る甕(へ)」といわれ、副食物を煮る土器を指した。わが国最初の漢和辞典『和名抄』では、金属製のものを「鍋」、土製のものを「堝」と書き分けており、この辞書は編纂された承平年間(931-938 )には「なべ」という言葉が二通りに使われていたことを示している。その後、鉄製の鍋の普及にともなって、土製の鍋については、わざわざ土鍋という言葉を使うようになった。